田村は、写真制作を開始して以来二十年以上に渡り、ある土地を被写体としています。そこにはかつて軍の基地が広がっていましたが、現在は国営公園などとして整
備されています。幼い頃から変遷を眺め続けてきた広大な空間の、別世界のような佇まいに今も惹かれ続けていると言います。
秋冬の曇り⽇だけに⾒えるものがある。もろく壊れやすく、陽が差せばたちまち消え去る−それぞれの瞬間に⾒えたもの、惹かれたものが何であるのかを私は知らない。⾒定められないがゆえに⽴ち去り難くて、無駄と思えるほど幾度もシャッターを切った−それは物本来の姿なのか、幻影なのか。どちらと⾔っても同じかもしれない。-ステイトメントより
植物が色めき立つ時節を避け、強い陰影が生み出すエモーショナルな表情を排し、丹念に掬い取られた静かな光景は、どこか夢のような不思議な浮遊感を湛えています。加えて、公園内に遺構として残された巨大な煙突がさまざまな距離感で繰り返し現れることも相まって、読者はまるで迷路に入り込んでしまったかのような感覚に襲われます。
⽥村の静謐な作品に意識を澄ますことで、あたりまえに⾒えている⾵景から別の世界への⼊り⼝が⾒つかるような気がしている。それは⽊々の葉の茂りであり、ガラスの滑らかな表⾯であり、静⽌した噴⽔の⾶沫であったりして、〈今〉の肌触りとでも名状したくなるような感触を伴う。そしてきっとその先には、あなたにしか聴こえない囁きに満ちた空間があるはずだ。-解説より
「かつてこのようであった」現実が「このようである」ものとして手元にある。撮影時の現実は「私」という個にのみ開かれていたはずなのに、完全ではないにしてもそれを他者と共有できてしまう。写真という装置にとっては当たり前のことですが、田村はその事実に毎回驚くとのことです。
ここには個の視野と、その外側という⽭盾するものが⼀体になって現れている。そう思うと、閉じた場所から開けたところへと急に出た気がして眼の前が明るくなった。-ステイトメントより
ひとりの作家がひとつの場所で、長い時間をかけ織り上げた、極めて私的な空間が写真を通じて他者と共振する。それは新たな公共性のかたちとも言えるでしょう。ぜひ本書を何度も手に取り、この「空間の夢」をご体感ください。
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著者: 田村 玲子
編集: 森下 大輔
編集協力: 相馬 泰
デザイン: 庄司 誠
翻訳: 有限会社 JEX
サイズ: 257×307mm
ページ数: 104P
掲載作品数: カラー60点
製本: 上製本
初版: 2025年 9月17日 300部
ISBN 978-4-9914195-0-3
定価: ¥5,000+税